諏訪大社は諏訪湖に4つもあります!

諏訪大社は長野県諏訪湖周辺にある神社です。諏訪湖の北と南に2か所ずつわかれて建っています。ですので、すべて回るには、諏訪湖を一周しなければなりません。日本でもっとも古い神社のひとつと言われていますが、神々しい雰囲気のある社ですので、ぜひ一度訪ねてみましょう。

「大社」とつくのはなぜか?

「大社」とつくのは神社としての格が高いからです。諏訪大社がいつからあったのかは不明ですが、古事記などにも登場しており、日本で一番古い神社の一つと考えられています。

かつては、「延喜式」(えんぎしき)という、平安時代に作られた格づけ制度によって神社の上下が決められていました。諏訪大社は、平安時代の「延喜式」では、南方刀美神社(みなかたとみのかみのやしろ)という名前で記され、諏訪で一番の神社(一宮)とされています。現在はこの制度はなくなりましたが、神社の中にはそのような格を大切にしているところもあります。

鎌倉時代には「諏訪社」とよばれるようになり、明治時代に「諏訪神社」が正式名称となります。大正時代には「延喜式」の最高ランクに格上げもされたことから、昭和に入ってから、他の「諏訪神社」と区別する意味もあり「諏訪大社」と名前が変えられました。通称として、「お諏訪さま」「諏訪大明神」とも呼ばれています。

全国に1万以上の分社があります

「諏訪神社」の分社は全国に10000社以上あります。これらすべてが、諏訪大社のいわば「出先機関」。諏訪大社は、1万の神社をたばねる総本社です。もともとは諏訪地方のいろんな神様をまつった神社といわれますが、風や水の神様として、農業の神様としてまつられています。

壮観な一大祭、御柱祭

北と南の社それぞれ周囲には4本の巨大な柱がたてられており、寅と申の年に交換されます。この年には、「御柱祭」がもよおされ、直径1m、長さ17m、主さ10tの巨木を人力で20km引いてきて立てますので、大行事となります。山から巨木を次々と転がす「木落し」、川を引きわたる「川越し」など、男の度胸試しとしても壮観で、盛大な祭りです。次回の「御柱祭」は平成28年(2016年)の申年です。

大社の建物の多くは重要文化財に指定される貴重なものです。かつては武田信玄も訪れ、出陣の際にはここからカブトをかぶって出たとも伝えられています。中央自動車道の沿線では、もっとも古く、最も格式の高い神社ですので、ぜひ一度参拝にいってみましょう。

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写真提供:ペイレスイメージズ