木曽路はすべて山の中 ~山もいっぱい、トンネルもいっぱい!

中央道はとても標高の高いところを走ります。海のない県の上を通っているので、海を見ることはできませんが、かわりに深い山々の美しい景色を楽しむことができます。トンネルもたくさんあり、とても長いものもありますので、入ること自体も楽しむ感覚で走るとおもしろくなります。

どんどんのぼり、どんどんくだる

中央道の最高標高地点は、157.3キロポスト付近。小淵沢ICと(148.3キロ)と諏訪南IC(160.9キロ)との間。ここにはのぼり線、下り線ともに、「中央道 最高標高店 1015m」という標識がたてられています。東京方面からむかうと、高井戸からずっと上り勾配だったものが、ここを境にずっと下りにかわります。

その感覚もぜひ楽しんでみましょう。中央道は山登り感覚で走ると、より面白みを感じることができます。 現在では東海北陸道に「標高1085m」地点ができましたが、それまでは日本で一番高いところを走る高速道路でした。

トンネルの数もとっても多い

上り線のトンネル数は 、下りは21あります。いちばん長いのは、長野県と岐阜県の県境にある恵那山トンネル。園原IC(266.3キロ)と、中津川IC(288.3キロ)の間にあり、長さは上り線が8649m、下り線は8489mあります。1975年の開通当時から1985年に関越トンネルができるまでは日本で一番長いトンネルでした。

東京方面からのトンネルの入り口は長野県の阿智村にあり、出口は岐阜県中津川市。トンネルをくぐっている間に県境をこえることになります。島崎藤村の出身地のあたりです。

島崎藤村は何県の出身かはっきりしない!?

島崎藤村の出身地はとても微妙な状態です。藤村が生まれたのは当時の名称では、「筑摩県第八大区五小区馬籠村(まごめむら)」。後に、「長野県の山口村神坂馬籠」となります。そのため、長年にわたって、「長野県出身」の大作家ということになっていました。

しかし、2005年の市町村合併で山口村は、隣県の中津川市と合併して岐阜県に編入されました。現在は「岐阜県中津川市馬籠」となったため、藤村は「岐阜県出身」となります。理論上まちがっていない話ですが、長野県の人にしてみればおもしろくない話でしょう。藤村自身は「信州人意識」をもっていたともいわれています。
参考サイト⇒没後に出身県が変わってしまった島崎藤村-馬籠宿

藤村の出身地は、恵那山トンネルのあたりということになります。「木曽路はすべて山の中」と表現したのはこの周辺のことです。ぜひ、「すべて山の中」の風景をたのしんでみましょう!

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写真提供:ペイレスイメージズ